結婚式を目前に控えた青年が、車で若い女性を轢き殺して、親友と逃げてしまう。突然の娘の死を、受け止めきれない両親。事件を担当した新米刑事は、同い年の犯行に憤り、老刑事は、娘の父親にシンパシーを抱く……。誰もが巻き込まれてしまう可能性を孕んだ事件だからこその、日常的なスリルや悲哀が、スクリーンに炙り出されていく。事件に潜む人間の、怨み、憐れみ、悔しさ、無念……抑えきれない感情に突き動かされて、彷徨う人々の魂は、どこへ辿り着くのか。最後に、加害者と被害者の目が合う瞬間、二人が見つめる世界には、どんな光が射しているのだろうか。
人間の底知れぬ心情に光を当てた本作『轢き逃げ-最高の最悪な日-』。脚本、監督を手がけるのは、希代のアクターにして『TAP -THE LAST SHOW-』(17)で鮮烈な映画監督デビューを果たした、唯一無二の表現者・水谷豊。本作では、初脚本を務め完全オリジナル作品に挑んだ。半世紀以上エンターテインメント界の最前線に立ち続ける水谷の、研ぎすまされたセンスによる、卓抜したストーリーテリングと強烈な心理描写が、登場人物たちのうつろいゆく魂に寄り添う。
煩悶する二人の主人公・宗方秀一と森田輝役は、450人を超す応募者の中からオーディションで、中山麻聖と石田法嗣を選出した。秀一の婚約者・早苗に小林涼子、事件を担当する刑事・前田には毎熊克哉と、フレッシュな顔ぶれをキャスティング。さらに檀ふみ、岸部一徳らベテラン勢が加わり、群像劇に緊張感と豊かさを与える。
テーマソング「こころをこめて」を担当するのは手嶌葵。登場人物たちの心情を見守るように優しく歌い上げている。
本作は2018年4月26日、兵庫県神戸市でクランクイン。神戸市周辺で約3週間のロケ撮影を敢行。その後は関東近郊で撮影し、7月27日、東映東京撮影所にてクランクアップを迎えた。
また監督の強い希望から、日本映画初の「ドルビーシネマ」対応に。臨場感溢れる、生々しい世界観で、観客を物語の中へ深く引き込み、登場人物たちとともに悩み、迷い、たしかな希望を体感させる。枝葉伸びゆく、生命盛んな季節に、日本映画の新たな可能性をひろげる感動作が誕生した。
眩しい光に包まれた初夏の朝、海の見える狭い坂道で、事件は起きた。
異国情緒漂う地方都市で、大手ゼネコン・城島建設に勤める若きエリート・宗方秀一(中山麻聖)はいつになく焦っていた。3日後に控えた結婚式の打ち合わせのため、城島建設副社長・白河の一人娘で、婚約者の早苗(小林涼子)がホテルで待っている。式の司会を務める、学生時代からの親友で同僚の森田輝(石田法嗣)を乗せて、不慣れな抜け道を加速していく秀一の車。路地裏にある喫茶スマイルの角を曲がった時、若い女性を撥ねてしまう!……「誰も見てない」。輝の囁きで、車を急発進させた秀一。その場から立ち去った二人は、早苗の元へ向かう。
打ち合わせを終えて帰宅した秀一と輝は、夕方のTVニュースで、轢き逃げした女性・時山望の死亡を知る。翌朝、怯えながら出社した二人には、反目する専務一派のいつもの嫌みに構う余裕もない。何者かからの脅迫を受けるも、秀一の結婚式は無事に終わる。
秀一が人生最高の日を迎えていた時、轢き逃げ事件で突然一人娘の望を失った、時山光央(水谷豊)・千鶴子(檀ふみ)夫妻は、最悪の日々を過ごしていた。“秀一と輝が逮捕された”という知らせを受けたところで、娘が帰ってくるわけではない。なんとか日常を取り戻そうと耐える両親は、望の遺品返却に訪れた二人組の刑事、柳公三郎(岸部一徳)と前田俊(毎熊克哉)から意外な質問を受ける。「遺品の中に携帯電話が見当たらなかったんですが……」。娘の部屋を探したが携帯は見つからず、引き出しにあった日記から、事件当日の望の行動が明らかに。微かな違和感を抱いた時山は、娘の仕事仲間や友人に会いに出かけていく。
自分の内に潜む衝動から魔的な行動に出てしまい、己の罪深さに苛まれる秀一。準抗告で釈放された輝に接触を試みた時山も、やりきれない思いが募るばかりだった。やがて新緑の美しい頃、複雑に絡み合う事件に巻き込まれてしまった人々は、予想だにしなかった真相に辿り着き、そして、それぞれの“これから”を見つけ出そうとする。